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Run Runaway (1984)


スレイド復活劇第2弾。
'83年から'84年にかけ全欧、全米でヒットした「マイ・オー・マイ」に続く強力ヒット曲「ラン・ランナウェイ」

シングルの見出しより


70年代のイギリスで T.REX やデビッド・ボウイとともにグラム・ロックを牽引してきたスレイド
そんな彼らが80年代に奇跡の復活を果たす。

俺がスレイドというバンドを知ったのはこの曲から。
キャッチーな曲からは想像しがたいオッサン達のハチャメチャで元気いっぱいぶりが斬新で好きでした。懐かしいね。

それでは恒例?当時のシングル盤に記されたライナー・ノーツの丸写しを。

 日本でも音楽史をはじめロック・ファンの間では最高級の折り紙をつけられた「神風シンドローム」からの第2弾シングルの登場。プロデュースは第1弾シングル「マイ・オー・マイ」と同じジョン・パンターがあたっている。またアルバム「神風シンドローム」は全米アルバム・オン・エアー・チャートでトップ5に入る人気ぶり(ラジオ&レコーズ紙5月2週、3週)だが、それもそのはず71年から74年の4年間にイギリスでは出す曲出す曲がヒットし、なんと12曲連続のベスト5入りをはたし、うち6曲が No.1 になるという、ボウイ- や T.レックスでさえ成し遂げられなかった記録を作ったのだ。いわばヒット曲作りの神様みたいなものでそのツボをしっかり知っているのだ。
 当時それほどまでに勢いがあったスレイドも、アメリカ・ツアーを実施したが不成功に終わり、その間留守にしていた本家本元のイギリスでもそのブランクがたたってか、人気が急速に冷えてしまったということだ。そして再び復活したスレイドが84年5月末に予定されていたロスでのコンサートをノディ・ホールダーが喉を痛めたことを理由にキャンセルしたことは妙な因縁めいたものを感じさせる。というよりイギリスを離れることを嫌っている節があると言うべきか。アメリカではプロモーション・ビデオを流しプロモート出来る時代であるから汗まみれのライブってやつは地元イギリスでということかもしれない。
 しかしスレイドの復活劇の直接のきっかけが80年のレディング・フェスティバルでの快演であったことを考えると、やはりファンとしては現在のスレイドのライヴ・パフォーマンスに接したい気持ちが湧いてくる。
Cum On Let Us Feel Slade !



Slade- Run Runaway
収録アルバム
Amazing Kamikaze SyndromeAmazing Kamikaze Syndrome
Slade

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