Log-in
【ミクシィモバイルからお越しの方へ】ミクシィ変換のため読みにくいと思いますがご了承ください。

ARCHIVES

2007年05月の記事

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦争のうた (1984)



ボーイ・ジョージ、誘拐の疑いで逮捕

バークスより URL : http://www.barks.jp/news/?id=1000031368



名前を聞くときはこんなんばっかりだな。この人。

80年代を代表するバンド、カルチャー・クラブのボーイ・ジョージ。
派手な女装と甘い歌声で本国イギリスのみならずアメリカ、日本でも大変な人気があった。
実際楽曲も良く、『君は完璧さ』、『カーマは気まぐれ』等大ヒットを連発した。

当時は今のように綺麗なオカマちゃんがテレビに出ることも無く、せいぜいオカマといえばおすぎとピーコくらいしか認知度がなかった時代だったからボーイ・ジョージは衝撃的だった。

最近のボーイ・ジョージと言えば、小顔メイクでちょっと話題になり、この前は麻薬所持で逮捕されちゃってた。

*小顔メイクの参考にいかがですか
引用元:Brits on TV
URL : http://bontv.web.infoseek.co.jp/ex.boy.htm



さて、今回のシングル『戦争のうた』はボーイ・ジョージが「♪センソウ ハンターイ、センソウ ハンターイ」と日本語で歌って話題に。

YouTube  "War Song" by Culture Club
スポンサーサイト

CASINO DRIVE (1987)

CASINO DRIVE

01.Casino Drive
02.I Miss You
03.Old Fashioned Avenue
04.Outlaw Blues
05.Morning After
06.John
07.Monkey Dancin'
08.Foolish Gambler
09.Wine & Roses #2
※太字はオススメ

最近テレビのバラエティー番組でダイヤモンド☆ユカイをよくみかける。
形はどうあれ、わしら世代には嬉しいことだ。
その上わしはお笑い好きだ。

d'sさんのブログで紹介してあったが、6月17日、東京で"ROLLING ROCKS"というイベントも行われるらしい。
ゲストとしてシャケも出るんだって。

この調子で若い世代にもレッズファンが増えてくれればいいな。
実際わしの奥様(もう若くは無いが・・・ヒー、怒られる!!)も覚えてくれたようで嬉しい。

7年くらい前の話だが、レッズの新譜"JUPITER TRIBUS"が発売され、待ってましたとばかりCDショップへ赴いた。
しかし邦楽の"R"を探したが見当たらない。
若い店員に聞いてみると「そこになければない」とつれない返事。
諦めて他の店に行こうとしたその時、珍しくわしのスーパーコンピューターが働いた。
”もしや”と思い洋楽の"R"を探すと・・・案の定ありやした。
ビックリした。日本人ですよ。レッズは。

そんなレッズのアルバムから最初にどれを紹介しようかと悩みに悩んだ結果、わしにとってのレッズの最初のアルバム"CASINO DRIVE"に決めた。
三輪車に乗る子供のかわいいケツが印象的なジャケットのレッズの2ndアルバムだ。

当時わしはエアロ好きなギター少年だった。
ギターマガジンかプレイヤーの新譜紹介で、エアロフリーク必聴!!くらいの内容で紹介されてた。
わしはこの”必聴”とか”店長オススメ”に滅法弱いのだ。
とりあえずレンタル屋で借りた。

しょっぱなの”ワン トゥー スリー フォー ワアオー”のシャウトで惚れた。
その頃の日本バンドといえばとにもかくにも老若男女”ボウイ”、パンクな君は”ブルーハーツ”、”ラウドネス”、”44マグナム”の激しいやろ関西メタルの雰囲気。
そんな中、根っこはブルースと感じるロックンロール、そこんとこヨロシクのレッズはエアロ少年にはたまりません。

その後大学に進学したわしは一人の熱いレッズファンに出会う。
その男こそ先ほど紹介したd'sさんである。
そしてわしはベースとして彼とバンドをやりレッズのコピーを主にした。

このアルバムの曲もほとんどコピーしたが、演奏してて特に楽しかったのは7曲目の"Monkey Dancin'"。
ファンキーな曲だ。フェードアウトしていくなかよーく聞いていると”こんな女じゃ起ちゃしない。”と歌っている詞も面白い。
そしてその名のとおりジョン・レノンの事を歌っている"John"。
ラブソングであってカッコイイ"Wine & Roses #2"。

今改めて聞いているがどれもいいなぁ。青春だなぁ。

The Roots of JM #01( 70s )

わしの音楽的嗜好はどこから形成されたのか。
自分なりに考察してみた。
わしが生まれた1970年から今現在の2007年までを、70年代、80年代、90年代の3回に区切って考えてみよう。

第一回目は70年代。
わしが生まれた1970年は、大阪万博が開かれた年だ。
厳密に言うとまだ生まれていない。(11月生まれなので)
70年代はわしが0歳~9歳(小学3年生まで)の年代。
この時期に触れる音楽は同世代ならみんな一緒だろう。好きなジャンルも何も無い。

テレビの『ピンポンパン』、『ひらけ!ポンキッキ』などの子供向け番組や、アニメソングが流行歌だ。
ピンポンパンを見ながら朝飯を食い、録画という概念がないわしは
「わしはこれから幼稚園なのに、ピンポンパンに出てる子供達は幼稚園も休みで、さらにこの後オモチャまで手に入れる。なんとウラヤマシイ」と思ったものだ。
後に大学に進学し、同じ部活に入ってきた後輩がピンポンパンの出演経験者だった。そしてこのオモチャについて驚愕の事実を教えてくれた。わしら世代の夢を壊すものだった。

この時期に特筆すべきは1975年、『ひらけ!ポンキッキ』から生まれた大ヒット曲”およげ!たいやきくん”だろう。
もちろんレコードも買ってもらった。シングル売り上げ枚数では未だに記録を破られていないモンスター級の曲だ。
B面はなぎら健壱の”一本でもニンジン”。これも名曲。
数える対象によって単位が変わることを教える意味で、今の子供達にもぜひ聞いてもらいたい。

次にアニメソング等だが、これは男の子と女の子で違ってくる。
ボクは男の子だから女の子の事はよく分からない。未だに分からない。

最近はケーブルTV等で昔のアニメをよく流しているが、結構覚えてるもんである。
特に好きだったのは”元祖 天才バカボン”。この曲で太陽の昇る方角を覚えた。
終わりの歌も悲しげな曲調でバカボンのパパの悲哀を表した名曲だ。(バカボンパパの首とバラが一輪転がってるシーンは斬新なデザインだった。)
終わりの曲と言えば”タイガーマスク”の終わりの歌も名曲だ。

あとはそーだなー”東村山音頭”くらいかなー。
東村山ではないが、わしは一丁目だったので、子供心に一丁目が恥ずかしかった。


その頃、世界は

The Roots of JM #02-1( 80s )

80年代はわしが10歳~19歳(小学4年~大学1年)。
めまぐるしい年代だ。
考えてみると一番濃密な時期なので80年代も小分けにしまーす。
とりあえず今回はわしが洋楽を聴き始める中学入学まで・・・

小学生も高学年になると音楽にも色々と好みが出はじめる。
おませな友人は YMO なんぞ聴き始めた。
音だけ聴いて最初は外国人かと思いきや、日本人だと知ってビックリした。
一方、テレビっ子のわしは映画『二百三高地』にはまり、主題歌「防人の歌」を歌ったさだまさし(通称まっさん)を好きになってしまう。
当時の言葉で言うとネクラだな。

そのネクラの対極がひょうきんだ。
オレたちひょうきん族からも多大な影響を受けている。
タケチャンマンの歌、うなずきマーチ、ホタテのR&Rなどなど。
漫才ブームのあおりで芸人が歌を歌い始め、わしもB&BのMテープを持っていた。
(土曜夜8時のエピソードを下のRead more以降で・・・)

しかし全般的にまっさんやオフコースといった暗いところを聴いてたみたい。
そしてYMO好きの友人に対抗し、見栄をはって初めて外国人のシングルを買った。
それはロッド・スチュアートの " Tonight I'm Yours "だった。
どっかのウイスキーのCMで本人出演で流れていたからだ。
もちろんロッド・スチュアートなんか全然知りません。
しかし、コレきっかけで洋楽に触手を伸ばし始めることとなる。

The Roots of JM #02-2( 80s )

今回は83年から86年。わしが中学生の時代だ。
ミーハー精神旺盛なわしが80年代ミュージックにどっぷり浸かっていた頃だ。
プロモーションビデオがテレビからガンガン流れ始めた時期で、近所に親戚がいた小林克也の”ベストヒットUSA”、日本でも放送が始まった”MTV”(24時間放送ではなく1時間番組)、ここ広島でもFM局が開設されFMステーション片手にエアーチェック(死語?)が当時の情報源だった。

第二次ブリティッシュ・インベイジョンと呼ばれるムーブメントが起こったこの時期、アメリカのヒットチャートはイギリス勢に独占されていた。
当然わしが聴いていたのもそう。
DURAN DURAN,Culture Club,THOMPSON TWINS,ABC,Dead or Aliveなどなど・・・。
とにかく売れてる曲こそ名曲とばかりにヒットチャートばかり追いかけた。

しかし、だんだんとHard Rock & Heavy Metal路線になっていく。
きっかけはDef Leppardの3rdアルバム PYROMANIA(邦題:炎のターゲット)。
全世界で1000万枚以上のセールスを記録した大ヒットアルバムだ。
スゲー、激しいーと感じ、カッチョええと思った。
そのうち到来するのがL.A.メタルと呼ばれるアメリカ西海岸を活動の中心とするバンド達。
派手な衣装に包まれた彼らはハードでありながら明るくドライな曲調でまさに西海岸のイメージそのものだった。
ハードロックに目覚めたわしも当然好んで聴くようになった。
RATT,Motley Crue,Twisted Sister,W.A.S.P.Dokkenあたりかな。

それから今度はヒットチャートがらみではあるが、昔の曲も聴くようになる。
これはこの頃からレンタルレコードという商売が成り立ち、興味本位でレコードを聴く事が出来るようになったのが大きい。
Power Stationがカバーした " GET IT ON " 。
オリジナルは " T.REX " と知り、早速レンタル屋で借りた。
ブギーな曲はもちろん、マーク・ボランという男の魅力にはまりレコードを買い揃えた。
音楽を聴くだけでなく自分で演奏したいと思うようになったのもこの頃だな。

実際、音楽好きの友人達もそれぞれ " BEATLS " だ、 " Rolling Stones " だとヒットチャートから離れ始めたし、楽器を手にする連中も現れ始めた。(LOUDNESSやアースシェイカーをコピーしてた。)

わしも、だんだんとヒットチャートの呪縛から解かれ、自分の好みでレコードを買うようになった。

でも一番好きだったのはおニャン子クラブでしょうか。

The Roots of JM #02-2( 80s おまけ)

music_lyrics

22日は夫婦の日と言う事で割引があるので久々に映画を観てきました。

観たのは『ラブソングができるまで(Music & Lyrics)』。
主演はヒュー・グラント、ドリュー・バリモア。
奥様がヒュー・グラントの大ファンなのだ。
2枚目半の役がピッタリのヒュー・グラントはわしも好きだし、映画の宣伝で、今は落ちぶれているけど80年代はアイドルスターだった男の話と聞いて興味を持っていた。
ここで映画のあらすじを書くつもりはないので一言、単純明快ラブコメディー。面白かったよ。
いきなり始まる " PoP!(架空のバンド) " のプロモーションビデオがわしら80'sの心をくすぐる。
その後、ところどころに出てくる懐かしい名前に思わず吹きだしてしまう。
もちろん御本人が登場する訳ではないが、そのシチュエーションを想像するとおかしくてたまらない。


"PoP!"のPVをご覧ください。ヒュー様の腰フリに注目。

YouTube   PoP! Goes My Heart - Music & Lyrics

The Roots of JM #02-3( 80s )

今回は86年から89年。わしが高校生の時代。
中学でメタルの洗礼を受け、だんだんと彼らのルーツをたどるようになる。
Motley Crueが「わしらAerosmithに影響受けたよ。」と言えばエアロを聴き、「Cheap Trickが好きだった。」と言えばチープとリックを聴いた。
実際、彼らのそういった発言から低迷していた過去のバンドが注目され、見事に復活をとげた。

エアロスミスはメチャクチャハマった。
ブルースッぽい曲ってかっこいいなぁ(子供の言うブルースだけど)と思い始めた。

そんなエアロと70年代に人気を二分していたKISSはどうなんだろうと思い、メイクをしていた頃のKISSを聴いてみた。
メイクの奇抜さで誤解をしていたが、これまた聴きやすいアメリカンロックで好きになった。
エアロのスティーブン・タイラーが「えっとね、ボクね、ストーンズでステージアクションを学んだんだよ。」と言うので、Rolling Stonesを聴く羽目になり、やっぱり好きになる。
今度はキースが云々・・・

後はお年頃なので、反体制、反組織、パンクだ。
ブルーハーツの影響もあるが、元祖パンクの Sex Pistols, Clash ,そのルーツ New York Dolls あたりを聴いた。
ドールズがパンクの元祖とする意見もあり、その理由も納得なのだが、パンクを完成させたのはやっぱりピストルズだとわしは思う。
お年頃と言えば Sex,Drug,Rock & Rollのバッドボーイズロック。
HANOI ROCKSなんかカッコいいし、日本だと Red Warriors ですね。
世界でもGuns & Roses等のバッドボーイズロックがヒットしてました。

近所に変わったレコード屋があった。
もともとは小さな喫茶店、その名も " Dylan "。
Bob Dylanがいかにも好きそうなオジさんがやっていたが音楽好きなんでしょうな、そのうちレコード屋になった。
店員は普段着がヘビーメタルの若いお兄さん一人。
限られたスペースで展示されているレコード(ほぼ輸入版)が行く度に変わっている。
オジさんや店員さんの気分なのかどうか定かではないが、ある日は店内全てヘビーメタル。
知らないのや、せいぜい名前は聞いたことあるくらいのものがほとんど。
またある日はオールブラックミュージック。
そのまたある日はジャズという感じ。
オジさんはギターも上手で、わしも一瞬だけ教えてもらったことがある。
残念ながらこのお店はもうないが、おかげで様々なジャンルの曲に触れる事が出来たと思う。

この時点で、わしの音楽嗜好はほぼ決まった。
結論は、コテコテのブルースはまだ早いがブルースを基調とした土臭いアメリカンロックがわしは好きと言える。

周りから
「ピーピーピーピーうるさいんじゃー!!」
と罵声を浴びせられながら、必死で、のりピー(酒井法子)を擁護していたのもこの時期でっす。

もう時効だと思うので、酒井法子がらみのエピソードを・・・

The Roots of JM #03( 90s ~)

勝手に始めた " The Roots of JM " 。
やりながら面倒くさくなってきた。
もう結論は出たし、重い腰をあげてさっさと終わらしてしまおう。
最終回は90年代。大学生の時代から 。

その前に、今日はショッキングなニュースが二つあった。
一つは松岡農水相の自殺。
いろいろな疑惑の渦中にある事は知っているが、政治の事はそれ関連のサイトさんにお任せする。
よっぽどなんだろうけど、死んではいかんよ。

もう一つは " ZARD " のヴォーカルの早過ぎる死。
特にファンというわけではないのだが、今回のお題である90年代、わしらにとっては青春ポップスのグループになるのでショックは大きい。

とにかく故人のご冥福をお祈りします。



さて、大学に入り軽音楽研究会に入部し、さらに音楽漬けの毎日となった。
先輩や同期、後輩、他の大学のバンドの演奏を通して様々なアーティストを知った。

わしは夏合宿の最中に起きた、ある前代未聞の出来事からベースをする事になった。(クラブ活動の話題はまた別の機会に書かせてもらいます。)
わしの耳はギター用になっていたため、最初はベースの音を聞き取るのに苦労した。
耳がベースに慣れてくると Funky な曲調を良く聴くようになった。
" James brown "," K.C. & The Sunshine Band ", " Sly & The Family Stone "," Funkadelic "等など。
断っておくが弾けるわけではないよ。

社会人になり東京に住んでいた。
一人暮らしの独り者、東京には物が溢れている。
CD屋に行けば、知っていようが知るまいが自分会議もせず買いまくった。ジャケ買いなんか得意技だ。
案の定、今現在、それらのCDを手にする事は全くない。
会社の先輩にも音楽好きがいたが、わしはアメリカ派、一人はイギリス派、もう一人はジャーマンメタル派で全くもって話が合わなかった。
ジャーマンメタル派の先輩は、わしが聴くハードロックやメタルのアーティスト、ついでにわしの事をオカマ野郎と呼んだ。
三人でよくコンサートにも行った。
それぞれの趣味でチケットを買うので、名前は知ってるとか、ヒットした曲以外は知らないとかいう外タレも多く、コンサート前日に先輩の家で酒を飲みながら予習する事もしばしば・・・。
でもやっぱり覚えられなかった。

90年代はいわゆるグランジの年代。
バブルが崩壊し、日本中がどんよりしてた頃、アメリカからピッタリな音楽が入ってきた。

マイナスの強力なパワーを前面にだした感じが時代にマッチしていたのだろう。
今振り返ると、わしには合わないジャンルだったな。
東京という華やかだが、殺伐とした大都会で一人暮らしをしてた頃だから聴けた気がする。
今のような喉かな田舎町に住んでると風景と音がミスマッチで気持ち悪くなる。


と、まあ、ここまでいろいろ思い出して書いてみたが、わしの音楽嗜好は80年代で決まり、90年代の前半から世の中のヒットチャートとは縁遠くなってしまった。
この先どんなアーティストを好きになるか分からないが、そこら辺の親父さん達のように青春ソングで終わっちゃうんだろうなぁ。
そう言えば最近、八代亜紀の歌って良いなと思った。
わしの音楽嗜好の行き付く先は演歌なのだろうか。

ストーンズのギタリストと言えば・・・

LINK

1963年のデビューから現在まで活躍し続けている大物ロックバンド " The Rolling Stones " ブルースを基調とし、気だるくギターを弾くキース・リチャーズ (Keith Richards)とミック・ジャガー(Sir Michael Phillip Jagger)の独特の歌い回しがかっこいい。

ストーンズのギタリストと言えば、キース?ロン?はたまたブライアン・ジョーンズ (Louis Brian Hopkin Jones)? わしの場合、ミック・テイラー (Michael Kevin Taylor)なのだ。 ミック・テイラーは1969年にブライアン・ジョーンズの後任として加入し、1974年に脱退したギタリストである。

なんの予備知識も無く、数多くあるストーンズのアルバムから好きなアルバムを選出した場合、偶然にも全てがミック・テイラー在籍時のものだった。
別にキースが嫌いとかロンを否定するわけではないが、ミック・テイラーのギターは本当にかっこいいのだ。

脱退した理由はいろいろ事情があるらしい。 ミック・テイラーはストーンズのメンバーになるには若すぎたのだろう。

ミック・テイラーについては、ウィキペディア(Wikipedia)に書いてあるので興味ありの方は見てください。

このアルバムは1979年に発表された初のソロアルバム。 ストーンズファンでなくてもロック好きの人には是非聴いてもらいたい一品です。

Let it Bleed (1969)


LINK テイラーは " Country Honk " , " Live With Me " の二曲にセッション参加。
" Country Honk "はご存知 " Honky Tonk Women " のカントリーヴァージョン。
" Live With Me " はまさしくかっこいいご機嫌なギターサウンド。
とは書いたものの、やはりこのアルバムの聴きどころは別の曲ですね。

それについてはこのアルバム紹介に取っておきます。
記念すべきミック・テイラー初参加アルバムって事でご紹介まで。

Sticky Fingers (1971)


LINK ローリング・ストーンズ・レコード第一弾の「Sticky Fingers(マスターベーションという意味)」。
右よりの下半身のジャケットは、わしも大好きなアンディ・ウォーホールが立案・撮影。
スラングでヘロインの意味を持つ名曲 " Brown Sugar " や " Can't You Hear Me Knocking ", " Bitch " といったロックナンバーから " I Got The Blues " のようなブルース、カントリーっぽい " Dead Flowers " 、なんだか変わった曲調で、アジアを感じるなと思ったら、元々のタイトルが " The Japanese Things " という " Moonlight Mile " 等、バラエティーに富んだ一枚です。 わしの中では、これがストーンズの1stアルバムという勝手なイメージがある。

Exile on Main St. (1972)


LINK ストーンズにとって初の2枚組アルバム(CDは一枚)。
全体のイメージはブラックマンズ・ブルース有り、ゴスペル調有りで、「黒い」って感じです。

ミック・テイラーがソング・ライターとしてクレジットされるようになり、このアルバムでミック・テイラーの存在感が一気に増した感じがします。 言うまでもなく名盤。

It's Only Rock 'N Roll (1974)


LINK 1973年リリースの " Goats Head Soup (これも名盤)" の次にリリースされた本作は、そのタイトル通りロック色が強いアルバムです。

一曲目の " If You Can't Rock Me " からターボでノレます。 残念ながら、このアルバム・リリースの2ヶ月後にミック・テイラーの脱退が発表された。
 
It's Only Rock & Roll

http://junkwebf.blog78.fc2.com/
- Link Free -
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。